労働紛争において企業が被る被害は甚大

労働問題が生じた場合に適用される法律及びそれを解釈する裁判所が労働者保護の姿勢を強く打ち出しているのが我国の特徴です。

この特徴は、終身雇用制をはじめとする我国独自の雇用慣行に由来するものであり、将来的にも労働者保護という法制度の方向性が改められるという事態は想定しづらいものと思われます。

例えば、非常に厳しい解雇規制(解雇権濫用法理(労働契約法第16条))は、終身雇用制の裏返しとして従業員としての身分保障が具体化したものであり、多くの事案において、経営者からすれば到底理解できないような非違行為を起こした従業員について、解雇を無効とする多くの裁判例が集積されています。

また、昨今はインターネットにおける多くの情報、特に未払い残業代請求や解雇紛争に絡めたバックペイ請求に関する広告における詳細な説明、ブラック企業問題に対する関心の高まりもあり、企業で働く従業員も自らが持つ権利について詳しくなってきています。

他方、日々の経営に追われていて労働法の求める労務環境を整える余裕はなく、ましてや頻繁に改正される労働関係法令に対応することなどできないというのが多くの経営者の本音かと思います。

皆様の企業におかれても、法改正がなされる都度、就業規則の変更をはじめとした制度変更や労務管理体制の変更を行っているかを振り返っていただければ、以上の説明は容易にご理解いただけるところかと思います。

以上のように、会社の労務管理が労働法の求める水準・規制に満たず労基法違反をはじめとする法令違反の状態を抱えるに至り、その点に不満を抱えた従業員から法的責任を追及される企業が後を絶ちません。

そして、労働問題において企業が被る経済的損失は莫大な金額となることが少なくありません。

労災訴訟について

例えば、働き方改革の契機となった長時間労働・パワーハラスメントの問題ですが、これらに起因して従業員の疾病・死亡等の事態が発生した場合、企業が被る損害額は甚大となります。

以下は、過去、労災訴訟において企業が受けた賠償請求について、その原因と請求額、認容額の一覧です。

事件 原因 請求額 認容額
鹿児島地判平成22.2.16 長時間労働に起因する低酸素脳症 3億5799万円 1億9491万円
広島高判平成27.3.18 パワハラと過重労働による自殺 2億2051万円 1億11万円
熊本地判平成19.2.14 脳出血 1億25万円 4261万円
仙台高判平成26.6.27 自殺(精神疾患) 1億1234万円 6940万円
和歌山地判平成16.2.9 脳内出血、脳梗塞 7166万円 6886万円
福岡地判平成21.12.2 長時間労働等に起因する自殺 1億9351万円 9905万円

これら以外にも、多くの労災裁判において多額の損害賠償が命じられています。各裁判の認容額をご覧いただければわかる通り、企業活動に甚大なインパクトを与える賠償額となっており、企業規模によっては倒産危機に陥ることも起こり得ます。

また、これだけ多額の損害賠償請求訴訟を提起された場合、応訴するための弁護士費用についても少なくとも数百万円単位となるのが一般的です(法律事務所の報酬基準は撤廃されているため、どの程度の弁護士費用がかかるかは各事務所の報酬基準によってまいりますが、訴額に対して所定の割合を乗じて着手金・報酬金額を算定するのが一般的であるため、訴額が大きくなれば弁護士費用も多額になるのが一般的です)。

不当解雇紛争について

昨今インターネット上に、弁護士事務所による広告が多くなされている分野として、未払い賃金請求訴訟、解雇紛争に起因するバックペイの支払請求訴訟があります。

これらの紛争についても、無視できない金銭リスクを孕んでいます。

例えば、解雇紛争において企業が敗訴または敗訴前提の和解となった場合、解雇の言い渡しから紛争解決時点までの賃金相当額(バックペイ)を支払わされます。

裁判所の公表資料によれば、平成30年度の民事訴訟の平均審理期間は9.1月とされているところ、例えば月給30万円の社員との間の解雇紛争において敗訴または敗訴的和解をした場合、企業は単純計算で273万円程度のバックペイ支払いを命じられることとなります。

昨今、「不当解雇」という検索ワードで検索すると、リスティング広告の広告枠は法律事務所の広告で埋まっている場合が多く、それらの広告内容に目を通すと、「着手金なし」「完全成功報酬」を謳う広告も存在します。

その意味するところは、解雇紛争が少なくとも当該案件を受任する法律事務所にとって成功報酬を獲得する可能性の高い「広告を出す価値のある案件」であること、案件の性質上勝訴可能性が高い案件であることであるといえるかと思います。

事実、法令の適合性や裁判例について十分な精査をせずに解雇を行い、多額のバックペイの支払いを命じられる企業からの相談は後を絶ちません。

未払い残業代請求について

消費者金融に対する過払い金請求バブルの終焉と共に多くの関心を集めた未払い残業代請求訴訟についても、多くの法律事務所による広告宣伝が盛んになされています。

従来、時間外労働に雇用調整機能を持たせてきた我国の雇用慣行上、そもそも時間外労働に対する認識が甘く(平成初期の「24時間働けますか」と繰り返すテレビCMを覚えていらっしゃる方も多いことかと思います)、従業員の労働時間管理を厳密に行っていない企業は少なくありません。
他方、裁判所・行政機関は一貫して使用者である企業の労働時間の管理把握義務を認めています。

「社員が自主的に時間をコントロールして仕事を終わらせてくれるだろう」「時間内に終わらない仕事は与えていない。終わらないのは社員の自己責任」という経営者の考えと、「社員の働く時間は企業が厳密に把握し、管理しなくてはならない」という裁判所の考え方は真っ向から反します。

すなわち、ここにも経営者の意識と裁判所の考え方のずれによる紛争の種があるといえ、社員の労働時間管理を怠った企業が想定外の未払い残業代請求を受けるケースは多くあります。

殊に、社員の勤怠管理は同一の企業においては一律に行われている場合が多く、ある従業員については勤怠管理をしっかりとしていないが他の社員についてはしっかりとされているという事態は考えづらいです。すなわち、勤怠管理をしっかりとしていない企業は、従業員の数だけ未払い残業代請求訴訟の案件発生リスクを負っているということになります。

そのため、未払い残業代請求は社員間で横に広がりを見せる傾向にあり(複数人で請求してくる)、企業が支払いを命じられる額も多額になりがちです。
時折報道される、未払い残業代として数億円支払ったという事案は、複数の従業員に対して支払を行ったという場合が多いです。

以上のとおり、労働紛争が生じた場合に企業が被る損害は甚大で、紛争発生を未然に防ぐこと(予防労務)の観点が企業経営上極めて重要といえます。

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