基礎賃金の対象となるのはどのような支払い項目か
割増賃金は、各種手当も含めた労働者に支払われる賃金を基礎として算定されますが、住宅手当や通勤手当、賞与など、一定のものはこの基礎となる賃金から除外することができます。
もっとも、除外可能な賃金であっても、就業規則、賃金規程における定め方によっては除外賃金に該当せず、基礎賃金に含めなければならない場合があります。
過大な未払い賃金請求を受けないためにも、除外賃金とされるのはどのような場合であるかについて、以下、整理します。
1.割増賃金の基礎から除外される賃金
割増賃金の基礎から除外される賃金(除外賃金)に当たるものは、労基法37条5項及び労基則21条に規定されています。
- 家族手当(労基法37条5項)
- 通勤手当(同項)
- 別居手当(労基則21条1号)
- 子女教育手当(同条2号)
- 住宅手当(同条3号)
- 臨時に支払われた賃金(同条4号)
- 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(同条5号)
これらが割増賃金の基礎から除外される理由は、①~⑤については労働と直接的な関係が薄く個人的事情に応じて支給される賃金であり、労働の内容や量と無関係な事情で支給される手当が割増賃金額を左右するのは不当であるため、⑥⑦については計算技術上計算が困難であるためといわれています。
まず、上記①~⑦は、例示ではなく、限定的に列挙されているものですので、これら以外の賃金を除外することはできません。
また、除外賃金に当たるか否かは、名称にかかわらず実質によって判断されます。したがって、名称は除外賃金に当たると思えるものであっても、実質的にみて除外賃金には当たらず、割増賃金算定の基礎に含まれる場合があります。
2.除外できる手当の具体的範囲
参照 厚労省資料
(1)家族手当
割増賃金の基礎から除外できる家族手当とは、扶養家族の人数またはこれを基礎とする家族手当額を基準として算出した手当をいいます。
なお、「家族手当」という名称を用いていない場合でも、扶養家族数を基礎として算定されている場合には、家族手当として扱われるとするのが行政通達です(もっとも、紛争防止の観点から、明確に「家族手当」という名称を用いた方がよいでしょう)。
〔除外できる例〕扶養家族のある労働者に対して家族の人数に応じて支給するもの
ex.扶養義務のある家族1人につき、1か月あたり配偶者1万円、その他の家族5千円を支給する場合
〔除外できない例〕扶養家族の有無や家族の人数に関係なく一律に支給するもの
ex.扶養家族の人数にかかわらず、一律1か月1万円を支給する場合
(2)通勤手当
割増賃金の基礎から除外できる通勤手当とは、通勤距離又は通勤に要する実際費用に応じて算定される手当をいいます。
〔除外できる例〕通勤に要した費用に応じて支給するもの
ex.1か月定期券の金額に応じた費用を支給する場合
〔除外できない例〕通勤に要した費用や通勤距離に関係なく一律に支給するもの
ex.実際の通勤距離にかかわらず1日500円を支給する場合
給与の計算事務を簡略化するという観点から、一定距離までの通勤については一律の金額を支給しているという企業が散見されますが、除外賃金性を否定されるリスクがあるので、注意が必要です。
(3)住宅手当
割増賃金の基礎から控除できる住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいいます。
〔除外できる例〕住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給するもの
ex.賃貸住宅居住者には家賃の一定割合、持家居住者にはローン月額の一定割合を支給する場合
〔除外できない例〕住宅の形態ごとに一律に定額で支給するものや、住宅手当以外の要素に応じて支給されているもの
ex.賃貸住宅居住者には2万円、持家居住者には1万円を支給する場合
扶養家族がある者には2万円、扶養家族がない者には1万円を支給する場合
住宅手当については、実務上問題となることの多い支払い項目になります。住宅手当についても、計算上の問題から一律支給としたり、賃貸居住者と持家居住者といった大雑把な基準で区分けして支払っていると、除外賃金性を否定されるリスクがあるので注意が必要です。
(4)臨時に支払われた賃金
臨時に支払われた賃金とは、臨時的、突発的事由に基づいて支払われたもの、および支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するものをいいます。
例として、「臨時的、突発的事由に基づくもの」としては、私傷病手当や加療見舞金が、「支給事由が不確定でかつ稀なもの」としては、結婚手当や退職金等が挙げられます。
裁判例をみると、年棒制の賃金において年棒額を分割しただけの賞与(システムワークス事件(大阪地判平成14.10.25)【時間単価及び残業代の算出方法】)や、「社長賞」「貢献手当」「評価給」「インターン手当」という名称で支払われた賃金(キュリオステーション事件(東京地判平成25.7.17))は、除外賃金に当たらないとされています。
キュリオステーション事件においては、各支払いがどのようなタイミングで支払われているか、業務との対価性があるか、支給基準が明確に定められているか、という点を認定したうえで、いずれの支払い項目についても除外賃金性を否定しています。
このように、実際の裁判例においても、支払実態を詳細に認定され、除外賃金性が判断される点に注意が必要です。
(5)1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
1か月を超える期間ごとに支払われる賃金は、賞与が典型例ですが、精勤手当、勤続手当、能率手当が1か月を超える期間の成績等によって支給される場合も該当します(労基則8条)。
なお、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金が除外賃金とされているのは、計算技術上の困難性が理由とされています。そのため、支給基準を1か月以上の期間に設定していても、1月毎に分けて支給金額の算定が可能な場合には、除外賃金性を否定されるので注意が必要です。
裁判例としては、2賃金期間にわたって無事故の運転手には1万円、1賃金期間のみ無事故の運転手には5千円を支給するという無事故手当について、除外賃金性を否定しました(名古屋地裁平成3年3月29日判決)。