「不当解雇」紛争のリスクは何か

1.身近な「不当解雇」紛争

令和元年度に総合労働相談コーナーに寄せられた民事上の個別労働紛争相談のうち、解雇に関する相談は34,561件であり、個別相談全体の約10%以上を占めています。

また、検索エンジンで「不当解雇」で検索すると、多くの弁護士事務所の広告が行われていることが確認でき、当該広告には後述するバックペイや慰謝料といった金銭請求について説明するものが少なくありません。

すなわち、解雇紛争は企業にとって身近で且つ金銭リスクを伴う紛争であることがわかります。

2.解雇紛争にかかるコスト

労働関係訴訟は解決までに長期間を要することが多いため、その分費用や労力もかかります。
裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第8回)(令和元年7月19日公表)によれば、労働関係訴訟の平均審理期間は14.5か月であり、1年以上かかる事件が一般の民事訴訟と比べても多くなっています。

また、労働契約法上、企業が労働者を解雇するためには極めて厳しい要件が課されています(第16条。解雇権濫用法理)。
これは、労働者を若年時に採用して長期育成するという長期雇用慣行を有する我が国においては、労働者の身分保障が強く求められることとなり、企業が労働者を企業外に排除することとなる解雇は、最終的なやむを得ない手段と考えられていることが背景にあります。

多くの解雇紛争事案において、会社経営者が考える「この程度の事情(問題行動・勤務成績・態度等々)があれば解雇してもよいであろう」というレベルと、裁判所がそのように考えるレベル、すなわち解雇を有効と認めるレベルには大きな開きがあります。

実際、当事務所にご相談いただく事案のうち、相談にお越しになる前に自社の判断で解雇を行って既に紛争化している事案で、裁判所において解雇が有効と認められるケースはほとんどありません。

このように、解雇がなされた場合、その多くが無効とされるという事情を背景に、「不当解雇」に関する数多くの広告宣伝がなされていると考えられます。

 なお、労使関係が良好な間は問題となっていなくても、関係の悪化や労働者が辞めた後に請求されることが多いのが残業代です。
残業代請求は解雇それ自体によって生じるものではありませんが、解雇紛争に伴い、いわば抱き合わせの形で在職時の未払い残業代も請求されることも多々あります。

また、解雇紛争においては、在職時のパワーハラスメントを理由とする損害賠償請求が併せてなされる場合も少なくありません。解雇に至るような社員ですから経営陣や上司との関係性が良好である場合は少なく、注意指導の際やそれに至る過程でなされる言行動を捉えてパワーハラスメントであるとの主張がなされるケースが多いです。

以上から、解雇紛争が生じた場合の金銭賠償額は、想定を超えて多額に上るリスクを孕んでいるといます。

3.解雇無効と判断されると何が起こるか

(1)労働者の復職

解雇が無効とされることにより(いわゆる「不当解雇」)、労働関係は現在も存続していることになるので、労働者は職場に復帰することになります。

しかし、会社が解雇すべきと判断した労働者が職場復帰することとなるので、会社と労働者との信頼関係の再構築は極めて困難で(この点は容易に想像できるかと思われます)、現場で共に働く他の従業員との間にも混乱を招くおそれが大きいといえます。

もっとも、解雇紛争が労働審判・訴訟になった事案において、裁判所が解雇を無効と判断する場合、裁判所は会社・労働者の双方に職場復帰の意向はないであろうという確認を求めたうえ、金銭解決を強く勧めてくる傾向にあります。

この場合、(2)(3)で述べる金銭の支払いを前提とした和解案が提示される場合が多いです。

(2)解雇期間中の賃金の支払い(バックペイ)

解雇が無効であると判断されると、解雇が行われた時点に遡って労働契約は終了していなかった、すなわち会社と当該労働者との間で雇用関係が切れ目なく継続していたことになります。

その結果として、会社は、解雇した日から現在までの期間、実際には労働者が働いていないにもかかわらず、賃金相当額を支払わなくてはならないこととなります(民法536条2項)。この支払いをバックペイと呼びます。

このバックペイこそ、解雇紛争の最大のリスクといえ、且つ「不当解雇」について多くの広告宣伝がなされている理由といえます。

前述の通り、解雇訴訟は解決まで長期間を要することが多いですが、紛争が長期化すればするほど、無効と判断されたときに支払わなくてはならないバックペイ(賃金)も高額となります。

例えば、解雇された労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金額が30万円である事案において、労働関係訴訟の平均審理期間である14.5か月間訴訟が係属したと仮定した場合、単純計算で企業は435万円の金銭支払義務を負うことになります。

当該支払いに、次項の慰謝料支払いや未払い残業代請求・パワーハラスメントに起因する損害賠償請求が併せてなされることを考えると、「不当解雇」紛争が金銭リスクとして看過できないことがおわかりいただけると思います。

(3)慰謝料の支払い

解雇の態様によっては、不当解雇それ自体を理由として慰謝料の支払いが必要となる場合もあります。

また、解雇無効を前提として、合意退職を前提として和解をする場合、「本来法律的に認められない解雇であるにもかかわらず退職するのだから」ということで、バックペイに合わせて慰謝料額が和解金額として上乗せされる場合もあります。

(4)他の労働者からの訴えのリスク

特に、整理解雇のように複数の労働者を同時に解雇した場合、被解雇者である労働者は相互に連絡を取り合い、情報交換をしている場合が多いです。

仮に、そのうちの一人の解雇が無効と判断されると、同様に他の労働者も解雇紛争を決断する可能性が高まり、当然ながら他の者に対する解雇も無効と判断される可能性が高いです。

通常、整理解雇がなされるのは会社の業績悪化に起因して苦渋の決断として意思決定がなされている場合が多く、そのような状態の会社が行った整理解雇が無効とされた場合にバックペイをはじめとする金銭支払義務が企業経営に与えるインパクトは甚大といえます。

4.解雇が有効であるとされても

仮に訴訟・労働審判等において解雇は有効であるという判断を勝ち取れた場合であっても、そこに至るまでに非常に多くの時間・費用・労力がかかります。

解雇紛争においては、在職中の対象者の言行動について、上司や同僚等からの証言を得る等して多くの者を巻き込むことになるうえ、それらの者に証人として出廷してもらうとなれば直接的に業務に支障が生じることになります。

また、解雇紛争の労働審判・訴訟において、裁判所は、解雇に理由があると考える場合であっても、その後続く手続(労働審判からの訴訟、第一審訴訟からの控訴審)を避けるためのいわば「手切れ金」としての金銭支払を伴う和解を、経営判断として行うのが適切ではないかと勧めてくることもあります。
この場合、経営者としては、会社の主張が認められたにもかかわらず、金銭を支払って当該事案の解決をするという何とも納得しがたい事態に陥ります。

また、そもそも「不当解雇として訴えられた」という事実自体が、場合によっては「ブラック企業」という呼び名と共に会社の社会的評判に甚大な影響を及ぼします。

以上から、企業として解雇を行う場合は慎重に検討を重ね、「不当解雇」として紛争化することを可能な限り防ぐとともに、決して解雇無効とされないように万全の準備・検討をすることが大切です。

解雇を検討する場合には、弁護士への事前相談は必須といえます。

解雇を行う場合の具体的な方法・注意点は以下の記事を参照ください。
【解雇について経営者が抱きがちな7個の間違い 解雇の要件】

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