事業場外みなし労働時間制の対象者だから残業代が発生しないという反論は可能か

会社の外で業務を行う労働者が、「実際には所定労働時間を超えて働いた」「休日にも働いた」などと主張して、未払い残業代を請求してくる場合があります。このとき、「事業場外みなし労働時間制が適用されるから、元々定められている労働時間を超えて働いても残業代は発生しない」と反論することは可能なのでしょうか。

1.事業場外みなし労働時間制とは

事業場外みなし労働時間制とは、労働者が業務の全部又は一部を事業場外で従事し、使用者の指揮監督が及ばないために、当該業務に係る労働時間の算定が困難な場合に、使用者のその労働時間に係る算定義務を免除し、その事業場外労働については 「特定の時間」を労働したとみなすことのできる制度です(労基法38条の2第1項)。

原則的には、所定労働時間働いたものとみなされますが、当該業務を遂行するために通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、当該業務の遂行に通常必要とされる時間働いたものとみなされます。

この「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」は、業務の実態を最もよくわかっている労使間で、その実態を踏まえて協議した上で決定されることが適当であるため、労使協定でこれを定めることが望ましいといえます。当該労使協定は、労働基準監督署長へ届け出なければなりません。

2.事業場外みなし労働時間制の対象となる業務

事業場外みなし労働時間制の対象となるためには、「労働時間を算定し難いとき」である必要があります。裁判で事業場外みなし労働時間制を主張する際、最大の争点となるのが、この「労働時間を算定し難いとき」に当たるかどうかです。

「労働時間を算定し難いとき」とは、労働実態により、労働時間を十分把握できるほどに使用者の具体的指揮監督権を及ぼし得ない場合をいいます。

最近では、パソコンやスマートフォン等を利用して即時かつ容易に連絡を取り合うことができるので、会社の外で働いているからといって「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは限りません。

具体的には、次のように事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はできません。

  1.  何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
  2.  無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
  3.  事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合

また、次に掲げるいずれの要件も満たす形態で行われる在宅勤務(労働者が自宅で情報通信機器を用いて行う勤務形態をいう。)については、原則として、事業場外みなし労働時間制が適用されます。 (「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの改定について」(平成16.3.5基発0305003号、平20.7.28基発0728001号))

  1. 当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
  2. 当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
  3. 当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。

ただし、例えば、勤務時間を9時から12時までと定め、労働者が自宅内で仕事専用の個室を確保する等、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在することのないような措置を講じ、当該措置の下で随時使用者の具体的な指示に基づいて業務が行われる場合については、労働時間を算定し難いとは言えず、事業場外労働に関するみなし労働時間制は適用されません。

3.事業場外みなし労働時間制の適用が争点となった裁判例

事業場外みなし労働時間制について判示した有名な裁判例として、まず、阪急トラベルサポート事件判決が挙げられます。

阪急トラベルサポート事件判決(最判平26.1.24)

旅行会社の主催する国外旅行ツアーの添乗業務について、事業場外みなし労働時間制が適用されるかが争われた事案です。

裁判所は、

  • 旅行日程が日時・目的地等を明らかにして定められることによって、添乗業務の内容はあらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定・選択できる範囲は限定されていること
  • 旅行会社は、添乗員に対して、パンフレットやアイテナリーによって具体的な観光内容や手順等を示すとともに、マニュアルに従った業務を行うことを命じていること
  • 添乗員は携帯電話を所持して常時電源を入れておき、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされていること
  • 旅行会社は、旅行日程の終了後は添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細かつ正確な報告を受けること

といった事情から、添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認めがたく、「労働時間を算定し難いとき」に当たらないと判断しました。

他に、事業場外みなし労働時間制の適用が争点となった裁判例としては以下のようなものがあります。

【否定例】ほるぷ株式会社事件(東京地裁平成9.8.1)

書籍等の訪問販売会社が開催した展示会において、プロモーター社員が行った展示販売業務につき、事業場外みなし労働時間制が適用できるかが争われた事案です。
 裁判所は、展示販売への参加は強制されていないものの、その業務に従事する時間及び場所は限定されており、支店長等も会場に赴いている他、会場内の勤務は顧客への対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しているもので休憩時間とは認められないこと等から、プロモーター社員が展示販売業務に従事しているか否かを把握して労働時間を算定することは本来容易にできるものであるとして、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

【肯定例】日本インシュアランスサービス事件判決(東京地判平21.2.16)

生命保険会社の保険に関する調書及び報告書の作成業務を行う労働者(業務職員)が、休日労働をしたと主張し、会社に対して未払いの休日労働手当等の支払いを求めた事案です。
業務職員らの「その業務遂行の仕方は、被告の本支店には原則として出社することなく、自宅を本拠地として、自宅に被告から送付されてくる資料等を受領し、指定された確認項目に従い、自宅から確認先等(保険契約者宅、被保険者宅・病院・警察・事故現場等)を訪問し、事実関係の確認を実施し、その確認作業の結果を確認報告書にまとめて、本社ないし支社に郵送又はメール等でこれを送付する、というものである。このように、…被告の管理下で行われるものではなく、本質的に原告らの裁量に委ねられたものである。したがって、…使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえる」として、平日のみならず、休日労働についても、事業場外みなし労働時間制の適用を認めています。

以上の裁判例からわかるように、訴訟において事業場外みなし労働時間制の主張が認められるためには、業務遂行前・業務遂行中・業務遂行後の各段階において、使用者の指示等の度合いが小さいことを具体的に主張していくことが重要です。
具体的には、以下のような事実に着目して主張していきます。

  • 業務遂行前に一度出社する等、出勤時刻を把握することが可能であったか
  • 業務遂行中の訪問先・訪問時間や、休憩の有無・長さ等について、具体的な指示をしていたか
  • 業務遂行後、その都度会社に報告させたり、最後に会社に戻ったりしてから退勤させるなどして、退勤時刻の把握が可能であったか

4.事業場外みなし労働時間制を採用する場合の注意点

事業場外みなし労働時間制を採用している場合、労働時間の算定が難しいことから、労働時間を管理していないケースがほとんどです。そのため、いざ裁判において事業場外みなし時間労働制の適用が否定されると、使用者は、適切な証拠を提出して労働者の実際の労働時間を立証することができず、結果として、労働者が主張する労働時間がそのまま認められてしまうリスクがあります。

事業場外みなし労働時間制が適用されるか否かは、「労働時間を算定し難い」といえるかという評価の問題なので、導入する際は、業務処理の仕方が労働者に委ねられている等「労働時間が算定し難いとき」といえるか確認し、その実態に合わせて通常労働時間を設定し、就業規則の定めを明確にしておく必要があります。
また、直行直帰を認め、行き先や訪問日時、休憩の取り方等の判断も労働者に委ねるなど、実際の運用も、労働者に相当程度の裁量を認めたものであることが必要です。

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