内定取り消しは自由にできるという間違った考え

昨今、新型コロナウイルス感染症の影響による内定取消しのニュースが報道され、内定取り消しに関心が集まっています。

もっとも、内定取消しは内定者にとって不利益が非常に大きく、会社が自由にできるわけではありません。

そこで、内定取消しが認められる場合・認められない場合、内定の取り消しの際に会社が行うべき対応について説明します。

1.内定と内定取消し

新卒学生の採用活動は、①新卒採用の募集、②学生の応募、③企業の選考と採用の内々定、④内定、⑤採用、といった順序で在学中に行われるのが一般的です。

採用内定を得た学生は就職活動を終了することが通常ですので、入社直前になって内定を取り消されると事実上新たな就職先を見つけるのは困難となり、多大な不利益を被ります。

2.内定の法的性質

裁判例によると、内定は始期付解約権留保付労働契約であるとされています。
すなわち、採用内定により、①就労開始時期、②入社までに一定事由が生じた場合の解約権の留保という条件付きの労働契約が成立することとなります。

そうだとすると、内定の取り消しは、留保されている解約権の行使といえます。

そして、判例は、内定取り消しが認められるには、採用取消事由として採用内定通知書に記載されていればよいとするのではなく、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています。

したがって、次の裁判例のように、内定時に知っていた事実を理由として採用内定を取り消すことは許されません。

大日本印刷事件(最判昭和54.7.20)

新卒者が大学の推薦を受けて求人募集に応じ、筆記試験と適性試験を受け、採用内定の通知を受けたため、他社への応募を辞退しました。しかし、入社予定日の2か月前に突然、採用内定取消しの通知がなされ、取消しの通知があった時期が遅かったため、他の企業への就職も事実上不可能となり、就業することなく大学を卒業しました。そこで、採用内定取消しは合理的理由を欠き無効である等主張して、従業員としての地位確認等の訴えを提起したという事案です。

本件では、内定者が「グルーミーな印象」であり当初から不適格だと思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないため採用内定としておいたところ、打ち消す材料は出なかったことを理由に内定取消しをしていました。

裁判所は、グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであって、その段階で精査を尽くせば従業員としての適格性を判断できたのであるから、解約権留保の濫用であると判断しました。

3.中途採用者の内定取消し

中途採用者の採用内定についてについて争われた裁判例には、次のようなものがあります。

インフォミックス事件(東京地決平成9.10.31)

ヘッドハンティングにより引き抜かれ内定を得て元の就業先に退職届を提出した後で、会社の経営悪化を理由として内定を取り消された労働者が、内定取消しは違法であるとして地位保全等の仮処分の申し立てをした事案です。

裁判所は、経営悪化により人員削減の必要性が高く、内定取消しを回避するため真摯な努力をしていると認められるが、内定者に対して十分な説明をしたとはいえず誠実さを欠く対応であったこと、入社辞退勧告などがなされたのは入社予定日のわずか2週間前であり内定者は前の会社を既に退社しており内定者が著しい不利益を被っていることから、社会通念上相当と是認することはできず、内定取消しは無効であるとして、会社に対して1年間の賃金の仮払いを命じました。

オプトエレクトロニクス事件(東京地判平成16.6.23)

採用内定の通知を受けた中途採用者が、その後、当該内定者の前勤務先での「黒い噂」を理由に採用内定を一旦留保し、調査、再面接後、再度本件採用内定をしたにもかかわらず内定を取り消した会社に対し、採用内定取消しは無効であるとして、未払賃金および慰謝料等の支払を求めた事案です。

裁判所は、会社と内定者との間で始期付解約権留保付労働契約が成立したと認めた上で、前期の経緯でなされた内定取消しが適法になるためには、内定者の能力、性格、識見等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと、当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要があるところ、本件ではそのような事由は認められないのであるから、従前と同様の噂に基づき内定を取り消すことは解約権を濫用するものであると判断しました。

4.内定取消しが認められる場合

内定取消しが認められる場合は以下のようなものに限られます。ただし、前述の取り、いずれも内定時に判明していた事情は内定取消事由になりません。

また、採用内定通知や誓約書等に記載されている内定取消事由がある場合であっても、取消事由として記載されていればよいというわけではなく、当該事由の内容・程度に照らし、従業員としての不適格性・不信義性が認められる場合に限定されるので注意が必要です。

①大学等を卒業できなかった場合

内定者が大学等を卒業できなかった場合には、予定されていた就職日からの就業が困難であるため、内定取消しが可能です。

②虚偽申告の判明

提出書類の内容等に重大な虚偽があったことが判明した場合にも、内定の取消しが認められます。もっとも、虚偽申告の内容によっては、取消しが認められない場合もあるので注意が必要です。

HIVに感染していることを秘匿した事案(札幌地判令和元.9.17)

採用面接にてHIVに感染していることを秘匿していたために内定を取り消された内定者が、内定先である病院に対して慰謝料など330万円の損害賠償を求めた事案において、「感染は極めて秘密性が高い情報で、他者が感染する危険も無視できるほどに低い」ことから、内定者に申告義務はなかったとして、病院側に165万円の支払いが命じられました。

③病気・怪我による健康状態の悪化

業務の遂行に重大な支障が生ずるような健康状態の悪化は内定取消事由となりえます。

④非違行為

内定者が、相当程度に重大な犯罪を行った場合は内定取消事由となりえます。

⑤会社の経営状態の悪化

会社の経営悪化を理由とする内定取消しは、整理解雇に準じて厳しく判断されます。
→整理解雇については【整理解雇について】をご覧ください。

5.内々定の取消し

では、内定の前段階である内々定の取消しも、内定と同様に考えられているのでしょうか。
内々定の取消しについて争われた判例として、コーセーアールイー(第2)事件(福岡地判平成22.6.2)があります。

コーセーアールイー(第2)事件(福岡地判平成22.6.2)

採用内々定を得ていた新卒者が採用内々定を取り消されたことは違法であるとして、慰謝料を請求した事案です。
本件においては、

  • 内々定の段階では、具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続等は行われていないこと
  • 入社承諾書の内容も、入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものでないこと
  • 新卒者側も、複数の企業から内々定を受けながら就職活動を継続している者が多いこと

等から、「本件内々定は,正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致)とは明らかにその性質をことにするもの」であり、「始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえ」ないとしました。

しかし、会社側から新卒者に対して内々定取消しの可能性がある旨の説明がなかったこと等から、「労働契約が確実に締結されるであろうという被控訴人(新卒者)の期待が法的保護に値する程度に高まっていた」のであり、期待権を侵害したとして、50万円の慰謝料の支払いが命じられました。

上記裁判例によれば、内々定の時点では労働契約が成立したとはいえないため、内々定の取消しは解雇に準じて判断されるものではありません。

しかし、当事者間のやりとりや内々定の内容によっては、内々定者の「当該会社に入社できる」という期待権を侵害したとして慰謝料の支払いが命じられてしまう場合もあるので注意が必要です。

6.最後に

以上のように、内定取消しが可能であるかどうかは事案ごとに異なり、判断が非常に難しいところですが、裁判所は概して内定取り消しに対して厳しい判断をする傾向にあるといえます。

また、法的には内定取消が可能であるとしても、内定取消は内定者の生活に大きな影響を与えるものですから、誠実かつ丁寧な対応が求められます。

内定取消しを検討する場合には、その可否・方法についてまずは弁護士に相談しましょう。

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