退職勧奨の法的リスク 退職勧奨の正しい方法

新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、経営状態が悪化し、やむを得ず人員を削減することを検討している企業もあることと思います。

人員削減の1つの方法として、退職勧奨が挙げられます。退職勧奨は文字通り「退職の勧め」ですので、基本的には使用者が自由に行うことができますが、行き過ぎた方法や態様で行われた場合、違法行為として問題にされ、紛争に発展してしまうことがあります。
そこで、退職勧奨を行う際に注意すべきポイントを詳しく説明します。

1.退職勧奨とは?解雇との相違点

(1)退職勧奨

退職勧奨とは、労働者の退職の意思を促すための使用者から労働者に対する働きかけをいいます。

退職勧奨はあくまで「退職の勧め」ですので、基本的には使用者が自由に行うことができます。同時に、それに応じるかは労働者の自由ですので、労働者が合意しない限り退職には至りません。

もっとも、使用者が社会的相当性を著しく逸脱する手段・方法で退職勧奨を行った場合には、「退職強要」として無効となり、不法行為に基づく損害賠償請求の対象となることもあります。

(2)解雇とは

解雇は、労働者に解雇されても仕方がない十分な理由(解雇理由)がある場合に、会社側が一方的に労働者を退職させる行為であり、労働契約の解除をいいます。解雇する際は、解雇理由が合理的であり、解雇という手段が社会通念上相当であることが要求されます(解雇権濫用法理。労契法16条)。

退職勧奨と異なり、解雇は労働者の同意なく労働者を退職させることができるものですが、終身雇用制に象徴される長期雇用慣行下において、同意なしに解雇される労働者を保護するため、解雇の要件は非常に厳格に制約されています。

また、解雇の場合には、解雇予告や予告手当の支払い(労基法20条)が必要となります。

⇒解雇の要件について、詳しくは【解雇について経営者が抱きがちな7個の間違い 解雇の要件】をご覧ください。

2.退職勧奨に関する裁判例

退職勧奨が不法行為に当たるかが争われた裁判例として以下の事例があります。

(1)下関商業高校事件(最判昭和55年7月10日)

地方公務員である市立高等学校の教員に対して、退職勧奨に応じないことを表明しているにもかかわらず、市教育委員会の担当者が、退職するまで勧奨を続ける旨繰り返し述べて短期間内に多数回、長時間にわたり執拗に退職を勧奨し、かつ、退職しない限り所属組合の宿直廃止、欠員補充にも応じないとの態度を示すなどした事案です。

本判例の地裁判決では、本件退職勧奨について、原告らは第一回の勧奨以来一貫して勧奨に応じないことを表明しており、優遇措置も打ち切られていたことから、交渉を続ける余地はなかったにもかかわらず、その後も10回以上出頭を命じた上で、担当者が1人~4人で、1回あたり20分~1時間半にも及ぶ退職勧奨を繰り返したと認定し、「明らかに退職勧奨として許容される限界を越えている」「本件退職勧奨は、その本来の目的である被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものと認めるのが相当」と判示し、慰謝料の支払いを命じました。そして、最高裁もこの判断を支持しました。

(2)東京女子醫科大学(退職強要)事件(東京地判平成15.7.15)

上司である教授が助教授に対して退職勧奨するに際して、忘年会において、お荷物的存在の者がおり、若いスタッフと交換する必要がある旨記載したうえ、「死に体でこれ以上教室に残り生き恥をさらすより、自分にふさわしい場を見つけて生きていただくことの方が」よい旨の内容の書面の配布やスピーチを行うなどしており、このような職場ハラスメントにより退職に追い込まれたとして、使用者及び教授に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。

本事件では、

  • 配布された退職勧奨文書は、助教授を名指ししていないものの、助教授自身はもちろん、周囲の人間も対象者は当該助教授であると認識できる内容のものであったこと
  • 多数の関係者の前で退職勧奨のスピーチを行ったこと
  • 文書・スピーチの内容が「お荷物的表現」「死に体で…生き恥をさらす」というような侮辱的な表現を用いたものであったこと

などから、本件退職勧奨は不法行為に当たるとされ、使用者および教授に対し、慰謝料及び弁護士費用の支払いが命じられました。

(3)日本IBM事件(東京地裁平成23年12月28日・東京高裁平成24.10.31)

任意退職者に対して、通常の退職金に加えて特別加算金を支払い、再就職支援サービス会社によるサービスを提供することなどを内容とする特別支援プログラムを実施した際に行った退職勧奨につき、退職勧奨を受けた労働者が、かかる退職勧奨は、退職に関する自由な意思決定を不当に制限するとともに、名誉感情等の人格的利益を侵害した違法な退職要求であるとして、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。

本事件では、まず地裁判決(東京地裁平成23.12.28))が退職勧奨について以下のように判示しました。
「退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが、これに応じるか否かは対象とされた労働者の自由な意思に委ねられるべきものである。したがって、使用者は、退職勧奨に際して、当該労働者に対してする説得活動について、そのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行い得るものと解するのが相当であり、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は、もはや、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することとなる。」

つまり、退職勧奨は、その手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲内であれば、正当な業務行為として行うことができますが、

  • 労働者に対して不当な心理的圧力を加えること
  • 労働者の名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすること

によって、労働者の自由な退職意思の形成を妨げる不当な行為・言動をした退職勧奨行為は、不法行為に当たることとなります。

そして、本事件では、地裁判決・高裁判決ともに、退職勧奨の手段・方法が退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったとは認められないとして、労働者の請求を棄却しました。

3.違法となるおそれのある行為

退職勧奨を行うこと自体は自由ですが、その方法・態様が社会的相当性を著しく逸脱する手段・方法は許されません。以下のような方法で行われた退職勧奨は、違法と判断される可能性が高いため、注意してください。

執拗に退職を迫った場合

直接的な行為でなくとも、執拗に何度も退職を迫る場合には、不法行為として損害賠償請求の対象となる場合があります(上記下関商業高校事件等)。

また、退職勧奨としての面談回数・時間が社会通念上許容される範囲を超える程度に頻繁・長時間である場合などには違法な退職の強要と評価され、不法行為として損害賠償請求の対象となります(4か月にわたり三十数回もの面談を行い、その中には約8時間もの長時間にわたるものがあったうえ、CAとしての能力がない、別の道があるだろうとか、寄生虫、他のCAの迷惑と述べたり、大声を出したり、机をたたいたりした行為について不法行為に基づく損害賠償を認めた事件として、全日本空輸事件(大阪高判平13.3.14))。

業務命令による退職勧奨を行った場合

業務命令によって退職勧奨のための出頭を命じることを違法として損害賠償を命じた裁判例(鳥屋町職員事件(金沢地判平成13.1.15))があります。

近親者などを介して退職勧奨を行った場合

退職勧奨は使用者が行うべきものですので、身元保証人等の近親者を介して行うことは違法といえます。
上記鳥屋町職員事件では、町が原告の夫などに原告が退職勧奨に応じるよう説得するよう依頼しており、「原告が退職勧奨に応じるか否かは、あくまで原告の自由な意思によるべきものであるのに、原告の近親者の原告に対する影響力を期待して、原告が退職勧奨に応じるよう説得することを依頼することは退職勧奨方法として社会的相当性を逸脱する行為であり、違法」であると判示しています。

4.適法に退職勧奨を行うためには

退職勧奨が適法であるためには、労働者が自由意思に基づいて意思決定できる状況であったことが必要です。そこで、以下の点に注意して行いましょう。

(1)面談の時間・回数

あまりに長時間の面談、頻繁な面談を行うと、労働者の自由な意思を失わせるような強制や執拗な要求があったと判断されやすくなります。具体的には、以下を目安に行いましょう。

  1. 退職勧奨を行う担当者は少人数(2人から3人程度)
  2. 就業時間中に行い、時間は短時間とするべきで、せいぜい15~20分程度
  3. 回数は3~4回程度。ただし、対象者が退職しない旨の意思表示を示した場合には、それ以降の退職勧奨は控えるべきです。

(2)面談での言動

退職勧奨の面談においては退職勧奨の理由や当該労働者の問題点等を話すことになりますが、侮辱的な言動や差別的な言動は厳禁です。

そのような言動は、不当な心理的圧力を加えるもの、名誉感情を不当に害するものであるとして、不法行為に当たると判断される可能性が高いといえます。
あくまで、従業員の自由な意思を尊重できる環境・雰囲気とすることが肝要です。

また、退職勧奨において告げる前提事実について、不正確な事実を告げた場合、退職勧奨に応じるとした後に退職の意思表示は錯誤(勘違い)により無効であるといった主張がなされることがありますので、説明の際に伝える事実関係についても注意が必要です。

なお、昨今はスマートフォンの普及もあり、従業員との間で退職をはじめ労務問題に発展するようなやり取りをする場合、従業員が会話を録音しているケースが多いです。そのため、退職勧奨の面談にあたる担当者は、自らの口頭での発言も含め、全て証拠化されるという意識で面談を行う必要があります。

他方、退職勧奨の面談において脅迫・強要されたといった言い掛かりを避けるため、会社としても面談状況を記録化しておくことは重要となります。

(3)回答までの時間

労働者に退職について考える時間が十分に与えられていない場合には、労働者の自由な意思決定がなされなかったと判断される可能性が高くなります。一度の面談で結論を迫ることは行わないようにすべきです。

(4)条件提示

本来退職意思がない労働者に退職を求めるのですから、退職金の上乗せや特別手当の支給、転職支援など何らかの優遇措置を提示することが望ましいでしょう。

優遇措置の提案により、労働者が退職勧奨を受け入れてくれる可能性が高まるだけでなく、優遇措置を提案し相手がそれを受け入れたという交渉過程は、労働者がその自由な意思によって退職を決断したことの裏付けにもなりえます。

なお、退職勧奨にあたっての退職金・特別手当に関し、解雇予告手当が1月分だから1月分の賃金相当額を提示すればよいかという問合せをされる経営者がいらっしゃいますが、そもそも解雇と退職勧奨とでは場面として全く異なりますし、1月程度の賃金相当額の支払いで突如なされた退職勧奨に納得する従業員はほぼいません。

退職勧奨は際限なく何度も行えるものではありませんので、実施前にある程度現実的・効果的な予算をもって臨むべきであるといえます。
具体的な提示額はケースバイケースとなりますが、実際に退職勧奨を行う際には弁護士に相談しつつ、支払額についても決定するのがよいでしょう。

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